入院中の面会という言葉が如何程の希望だったのかなあ

あの時、母がそっと退院間際につぶやいた療養所という言葉が刺さっています。
あの時、何だか、秋の枯れ葉など、妙に輝かしく感じ取れました。
父は金に困っていて、母は世間に困っていて、みんなでも、優しさがある、そう素直に、何もかもにも感謝出来た時期でした。
全てではありませんでしたが、何だか集団の中にいるという経験をしたのも、あの時だったとしています。
面会に来てくれたときの母の大丈夫という強い笑顔と、療養所という言葉、さだまさしさんのサナトリウムですよね。
後ろで聞いていたSさんの泣きじゃくった顔が、印象に残ります。
きれい事といつも思いますけれど、何か出来るのだろうかと、自分は思います。
そして、福祉だなと強く思ったものでした。

何でもそうだと思います。
経験すると分かる事ってあると思いますが、33歳のあの日って、未だに、障がい者の苦痛、辛さ全てが、二か月に全て伝わったように思えるのでした。

ふと我に返って、これから洗濯物を干さないといけないなと思いまして、それを実行しようと思っています。
あの時、母が来てくれたのが、本当に何よりもうれしかったです。
というより、誰が来てくれても、面会って嬉しかったのかもしれません。
自らいるのは、辛く寂しいです。
勿論、放っておかれるという面もありますけど、又退屈だという面もありますけれど、誰かが面会に来てくれるって、それ程嬉しい事はないんですよ。
ご家族が、どなたが入院されtら、是非面会をめぐってあげてくださいね。ママとも噂のブリアンってなに?